【和訳】IFSマガジン11/12月号~日本勢力の向上~

皆さま、ごきげんいかがですか?

昨日は初めての
公開記事「座談会~紡(つむぐ)~」に
遊びに来てくださってありがとうございました。

昨日の記事は、
羽生くん’Sプログラム座談会コーナーこちらから)なので、
シーズンを通して、引き続き、
あーだのこーだの萌えたり燃えたりしながら、
皆さんとわちゃわちゃと末永く楽しんでいきたいと思います。
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初めて「紡」に遊びに来てくださった方も、
良かったら、お気軽にコメントくださいね♡
コメントは承認制になっています。
「大好きな羽生くんの応援を楽しむ」という趣旨に合っている内容であれば、
どんどん公開コメントにさせていただきますので、
たくさんのコメントお待ちしております。

そして、良かったら、
ブログランキングボタン&拍手ボタンも押してくれたら
すご~く嬉しいです(^-^)

さて、このブログは、
主に、私「あいきょ」が主に記事を書いていますが、
もう一人の共同運営者である「サブリナ」ちゃん
(笑 私はサブリんと呼んでいます)は、
英語を日常会話とする海外組なので、和訳を得意としています。

で、せっかく長文訳をメールで送ってくれたのに、
少数の人でシェアするのは、もったいないので、
今日は、
「International Figure Skating Magazine 11/12月号掲載」
RISE OF JAPANESE POWERHOUSE 
  
 
こちらを公開記事にさせていただきます(*^^)v
 
で、ぶっちゃけハニュー成分は少なめですので(←こらっ)、
読みながら羽生くんが恋しくなってしまう人のために(←あたしのこと)、
途中のお写真は、文意とは関係のない
羽生くんの今季の麗しのUA姿&ジャージ姿等を貼っています。
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とは言え、日本のフィギュア界を知る面白い記事になっていますので、読んでみてね♡
以下は、サブリんの和訳です。
 
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日本勢力の向上    田村明子 著

今日の日本における競技フィギュアのスピリットは、
20年以上前から行われてきた、慎重な計画とうまく機能したプログラムの結果だ。

多くの人が、王者を輩出し続ける最近の強さを不思議に思っている。
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答えは1つではない。
そこには選手達の国際舞台での成長を促す、様々な要因がある。

日本でのフィギュアスケートの歴史は長く、男子は1920年代後半から、女子は1930年代半ばからだ。

日本スケート連盟は1929年に創立された。
連盟で初のオリンピック代表、老松一吉は1932年レークプラシッドオリンピックで9位だった。

7度日本女王となった稲田悦子は、日本女子フィギュア初の冬季五輪代表となった。1936年、12才のとき、23人中10位だった。

現代フィギュアにおける日本初の代表の1人は佐藤信夫であり、彼は10年に渡りこのスポーツの国内普及に貢献し、1957年から1966年まで全日本を10連覇し、その記録は未だに破られていない。

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1965年の世界選手権で佐藤は4位に入り日本人の国際大会最高順位を記録した。彼はメダリストツアーに招待されたが、全日本選手権のために途中で離脱した。「私が競っていた時代は今とは別物だ。」佐藤は振り返る。

1994年世界選手権女王、佐藤有香の父であり、現在浅田真央のコーチである佐藤は1966年世界選手権で5位になったあと現役を引退し、コーチに転身した。大川久美子が最初の生徒で1967年と1968年の世界選手権で5位だった。後に佐藤は大川と結婚した。彼女自身が単体で評価されるコーチである。

全日本王者に三度なった小塚嗣彦と、彼の息子で2011年世界選手権で銀メダルの小塚崇彦は共に佐藤コーチに教えを受けた。

佐野稔は1977年、初めて日本で開催された世界選手権で日本人初のメダル、銅メダルを獲得し注目された。
羽生結弦の初期のコーチの1人である都築章一郎は佐野の主任コーチだった。
佐藤は都築と組み、コンパルソリーを教えていた。
「当時我々には強い選手が3人いた。佐野、五十嵐文男(NHK杯を二度制覇、1981年世界選手権4位)、松村充(1980年世界選手権6位)。」佐藤は想起する。
「3人は互いに競い合い、競争はお互いをより良いスケーターにしていった。競争こそが鍵だ。」

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渡部絵美は女子初の世界選手権メダリストで1979年に銅メダルを獲得した。フィリピン人の母と日本人の父に生まれ、渡部は英語と日本語が堪能だった。彼女のコーチ、稲田悦子は当時海外移籍が珍しかった時代にアメリカで練習することを勧めた。
10才のとき渡部はアメリカに渡り、Felix Kasperに師事、後にCarlo Fassiに師事した。

今日とは違い、当時海外移籍するのは、言葉の壁や経済面から稀有なことだった。それらの要素は渡部の成功の道のりを強固なものにした。渡部は世界選手権後、日本のアイドルとなり、「えみ」と言う名前はその年に生まれた子の名付けの1番人気となった。
そして伊藤みどり、彼女は日本の女子フィギュアに完全なる革命を起こした。

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視点の変化

1960年代に競った山田満知子は、今日とあの頃のフィギュアがいかに違うか回想する。「コーチが厳しくて、怖くて、スケートを楽しめなかった。私たちはそういう世代。あの頃はみんなそんな感じだった。」

山田は競技を辞めるのが待ちきれず、引退した時、彼女はコーチに転身した。それから何十年、山田は73才、未だに何十年も前に伊藤みどりを国際的な栄誉に導いた時と同じ名古屋のリンクで教えている。自分のキャリアを振り返り、山田は、もし私がスケートをもっと楽しんでいたらもっと良い結果を得たのではないかと気づいたと言った。「コーチを始めたとき、大志があったわけではないが、ただ私の生徒にはスケートを楽しんで貰おうと心がけた。」

山田は、リンクを疲れを知らずに滑る5歳の伊藤を初めて見た時のことを覚えている。「それは「わぁ、才能がある」と言う感じではなかった。」山田は思い出す。「私が気づいたのは彼女がスケートを楽しんでいたこと、滑るのを絶対にやめたくないと言う風に。」
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山田のクラスに入ってすぐ、伊藤の才能は誰の目にもとまるようになった。伊藤はまだ小学生のうちに4種類のトリプルジャンプをマスターした。山田は彼女を恐れを知らない子だったと言う。伊藤の両親が離婚し、家族関係が複雑になると、伊藤は山田の家で過ごす事が増え、10才の時に完全に山田の家に引っ越した。山田は、伊藤の最初の目標は将来スケートで経済的に自立することだったと言う。

山田は最終的に、彼女を当初より格段に高い目的地に牽引した。九度の全日本女王、1989年世界女王、1992年オリンピック銀メダル。

伊藤の前は東京が日本のフィギュアの世界であり、中心地以外で練習していた者は、スケート技術を証明しなくてはいけなかった。伊藤の成功は日本のフィギュアの拠点マップに名古屋を書き込ませた。その頃、日本スケ連は海外で一緒に練習するロールモデルを絶えず探していた。山田は反対だった。「あの頃、我々は西洋のスケーターを崇め、真似しようとしていた。」山田は想起する。「でも、誰かを真似る限り、絶対に1番にはなれない。」
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そして伊藤は女子で誰も降りたことの無い3Aを練習し始め、1988年NHK杯で国際大会史上初のクリーンな3Aを跳んだ。次の年、伊藤はアジア初の世界選手権タイトルを手にした。名古屋の小さい子が世界のフィギュアにセンセーションを巻き起こした。

伊藤は1992年アルベールビル五輪で優勝候補だったがアメリカのクリスティ・ヤマグチに次いで2位だった。しかし、伊藤の生い立ちやオリンピックの成功は女子の新しい世代のフィギュアスケート熱に火をつけ、フィギュアは日本で人気のスポーツになった。
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上昇する国家

疑いなく、伊藤は次の世代にとって刺激となり、また、彼女を通してJSFは価値ある情報を得る事が出来た。「私達は、才能ある選手が1人だけいても足りないことを学んだ。強いチームを作る必要がある。」元JSFフィギュアスケート強化部長の城田憲子は言った。(1994年から12年間、強化部長を務めた。)

1992年、城田とJSFスタッフは1998年長野五輪を見据え、有望な選手を発掘するために、ユース夏季合宿を創設した。初年度は8才から12才のスケーターが全国から100人集められ、合宿に参加した。

彼らがスケート技術を審査されている間、若者たちはライバルに会い、他者が何ができるのか見る機会を得て、それが競争心を植え付けると期待された。

そしてJSFは早いうちに経験を得るため、ノービス選手を海外遠征に行かせるようになった。この催しは現在も続けられ、若い才能のあるスターの登竜門となっている。

一つの世代がトップレベルで戦っている時、次世代は育つ。村主章枝、高橋大輔、安藤美姫、浅田真央、そして羽生結弦もこの続いてきた夏季合宿で見出された。

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初開催の合宿で最大の発掘は荒川静香だ。6年後、1998年オリンピックの代表となり、13位だった。「長野五輪に出場した時は、オリンピックに行く事がどんな意味か完全に理解していなかった。ただラッキーだと思っていた。」荒川は思い浮かべる。

2004年、彼女はドイツ、ドルトムントで世界女王になった。荒川を含め、みんなが驚いた。「ノーミスならメダルは取れると思ったが、金メダルが取れるとは思っていなかった。」と彼女は言った。
「私の目標は、引退するまでに最高の演技をすることだった。私の競技人生の最高のフィナーレだと思った。」

荒川さんサイン
(これはSOIで☆Eールちゃんが当選したもの!荒川さんのサイン)

彼女が第二の人生に進もうとしている時、周りはやめるタイミングに疑問を投げかけた。次の五輪まであと2シーズン、なぜ今辞めるのか?彼らは尋ねた。時が経ち、荒川は当初の決断を思い直し、2006年オリンピックに集中する事にした。
「長野ではただそこに行けた事が嬉しかったが、トリノに行けたら取りに行くと決めた。」荒川は想起する。

JSFの投資は、日本女子が国際大会で頂点をかっさらった2003-2004シーズンに花咲き始めた。安藤美姫は世界ジュニア女王、ジュニアグランプリファイナル制覇、村主章枝はシニアグランプリファイナル制覇、荒川は世界女王、太田由希奈は四大陸優勝。

これらが次の年も続いたわけでは無いが、確実にタネは撒かれ、新たな競争観念が育った。女子の2006年オリンピック代表チームは村主、荒川、安藤、恩田美栄、中野友加里の間で全日本で争われ、決定された。浅田は全日本で2位だったが、年齢規制により対象外だった。

3人が選ばれた。安藤18才は、女子で唯一4回転サルコーを跳ぶ、村主25才は世界選手権で二度銅メダル、荒川23才は2004年世界女王だ。
それぞれがメダルを取るに足り、プレッシャーは分散した。

結果は荒川だった。彼女は2006年五輪タイトルを獲得、フィギュアスケート史上、アジア初の金メダル、日本が獲得した唯一の金メダルだ。

彼女は一夜にしてスターになり、伊藤の時代から14年経ち、荒川の勝利がフィギュアスケート熱をまた再発させた。城田は、アルベールビルとトリノの違いは、日本が強い競争力のあるチームを作ることに投資してきたと言うことだと言う。アルベールビルの後、日本は強いチームを組む必要があると城田が言ったように、それが特に女子シングルの分野で実になった。
荒川さん写真
(☆E-ルちゃんお写真ありがとう)

JSF専属トレーナーの加藤修は、その数年前に安藤と浅田を合宿で見ていたことを覚えている。
「彼女たちの優れた身体能力は明らかだった。」と加藤は言う。「特に浅田はだれよりも飛び跳ねていた。陸上でも他の人が歩いている時に浅田はスキップやポップをしていた。」

浅田の才能は初めからよく観察されていた。伊藤に憧れ、13才の時に地元の大会で3A-2Tのコンボを降りた。まだ小6の時に全日本に招待され、3F+3Loのコンボを降りた。

「彼女をタイムカプセルに入れられたら良かったのに。」城田は嘆いた。

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当時浅田を指導していた山田は、ジャンプの才能には寄与していないと言う。「みんな私を良いジャンプコーチだと思っているけど、たまたまジャンプに強い選手が来ただけなんです。」ジャンプが上手な選手の恩田や中野も育てた山田は言う。「個人的には表現豊かなスケーターが好き。浅田姉妹を見た時、彼女達はオールラウンダーになれるとドキドキした。」

浅田は6年後に山田の元からアメリカへ移り、ラファエル・アルトゥーニアンについて練習した。その後ロシアのタチアナ・タラソワに師事し、2010年のオリンピックに向けて始動した。

日本人として初めて三度の世界女王となった浅田が若くして成功し、10年に渡り国際舞台で活躍し続けることは、日本をフィギュアに熱中させる新たな波となった。

浅田の3Aの遺産は次世代に受け継がれた。9月に行われたスロベニアのジュニアGPで、13才の紀平梨花が3Aを着氷し、現世界ジュニア女王の同門、本田真凛を下して優勝した。

「競争観念はいつでも次のレベルへ達する鍵だ。」佐藤は言う。

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男子の向上

女子とは異なり、男子は佐野の世界選手権の成功から次の国際的スターが生まれるまで、長い間停滞していた。14才の本田武史は史上最も若い全日本王者となり、2002年、2003年の世界選手権で銅メダルを獲得した。

本田が2006年に引退した時、もう1人のスターが飛び立とうとしていた。高橋大輔は15才の時、2002年世界ジュニアを日本男子で初めて制覇し成功した。

彼は続く年はシニアで表彰台に立つことに苦戦したが、2010年バンクーバー五輪の一夜に全てがハマった。そこで彼が銅メダルを取り、日本男子フィギュア初の五輪メダルを獲得した時、彼は歴史に刻まれた。1ヶ月後、彼は世界王者となり、それは日本のみならずアジア初の快挙だった。

「僕は女子ばかり注目されるのがいつも妬ましかった。男子も同じようにスポットライトを浴びれることを願っていた。」と彼は言った。

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彼の快挙は日本の男子フィギュアの転換期となった。彼が願ったように、男子フィギュアが注目されるようになった。ファンが試合にゾロゾロと訪れ、メディアはフィギュアを真剣に取り扱うようになった。

織田信成はもう1人の日本のスターで、2005年世界ジュニアを制覇、その年にシニアに上がるとグランプリシリーズ二戦とも表彰台に上がった。

小塚は2006年世界ジュニアを制してからスターの仲間入りをした。彼が次の年に高橋と織田のいるシニアに転向すると、全日本の頂点を競う三強となった。この3人のライバル心は国内のレベルを押し上げ、全日本を熱い舞台にした。この3人は7年に渡り頂点を争った。

2010年秋に仙台出身の若者がバトルに参戦すると、ますます試合は激化した。
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2009年ジュニアグランプリファイナル覇者であり、2010年世界ジュニア王者の羽生は高橋を尊敬していたが、高橋から2012年全日本タイトルを奪うことを止めるわけではなかった。
羽生は続く年もタイトルを死守し、全日本王者として、オリンピックメダルの最大候補として2014年オリンピックに入った。
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誰もが驚いたように、羽生は金メダルを楽々と取り、アジア人初の五輪チャンピオンとなった。彼は国際舞台で数年の間に技術の限界を設定し、繰り返し歴史を塗り替えてきた。羽生は現在の採点システム以降の歴代最高得点を2015年グランプリファイナルで獲得している。330.43と言う彼の記録がやぶられることは今の時点ではなさそうだが、彼がスローダウンする様子はない。


彼は2016-2017シーズンを新たな偉業で開始した。
9月にモントリオールで開催されたオータムクラシックで史上初めて4回転ループを着氷し、認定された。「昨シーズンやってきたことが実を結んだ。新しいことに挑戦するために前進することは自分にとっては自然なことです。」21才の羽生は言った。
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彼の国内ライバルの宇野昌磨18才は去年4月のチームチャレンジカップで史上初めて4回転フリップを成功させた。彼は現在まで試合で4回転フリップを降りた唯一の選手だ。*(IFS11/12月号掲載現在)

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日本のフィギュアスケートは佐野が初めて世界選手権でメダルを獲得してから40年もの長い道のりがある。直近10年では日本人スケーターは7個の世界選手権タイトルと12個の銀、銅メダル、2つの五輪金メダル、2つの銀メダル、銅メダル1つ、そして5つの世界ジュニアタイトルを獲得した。

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どんな国にも浮き沈みはあるが、日本の育成プログラムの発展はヒットとミスを抱える国から、世界で最強の国へと成長している。

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背後には才能が豊富にあり、過去15年間楽しんできたように、これからも成功を収めるだろう事は事実上保証されているようだ。


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皆さま、いかがでしたでしょうか?

羽生くんの才能は、誰が見ても光るものがあったのだろうと思いますが、
それでもやはり、
今は指導者や解説者で活躍・貢献されているみなさんの当時の経験や実績がもとになり、日本のフィギュアスケート界が構築されており、より強いものになっているのだと感じました。

「一進一進」

日々進化していく羽生くんの姿勢、向上心、技術、そしてフィギュアスケート界を押し上げる羽生くんのその成功も、未来の、日本、世界へ繋がっていくものだと確信させてくれるような記事でしたね。

☆サブリん、翻訳、本当にありがとう。



羽生くん、充実した練習ができてるといいですね(*^^)v
トロントは氷点下が当たり前の様子。

昨日は、東京もめちゃめちゃ寒くて雪が一瞬ちらつきました。
みなさんのところは、寒波の影響は大丈夫でしょうか。

風邪など引かないよう気を付けましょう!

それでは、羽生くんにとっても、皆さんにとっても、
素敵な日曜日になりますように
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


記事も良かったけど、やっぱり羽生くんのUA姿は最強!
と思った方もポチっとお願いします(*^^)v
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Special Thanks ☆サブリん(記事の和訳)
Special Thanks ☆エールちゃん(荒川さんお写真)

12 Comments

ロンシャン  

あいきょさん♡、美麗羽生くんのお写真をはさんだ記事上げありがとう。

そして、サブリナさん♡、翻訳ありがとう。読めて嬉しいです。

小さい時からフィギュアスケートをテレビでワクワクドキドキ観てきた者としては、いろいろ懐かしく、いろんなシーン、いろんなドラマを思い出しました。

四大陸まであと約1ヶ月。トロントでいい練習が積めていますように(^o^)v。

2017/01/15 (Sun) 08:41 | EDIT | REPLY |   

ぷりん  

あいきょさん、読みごたえのある記事でした

サブリナさん、翻訳ありがとうございました

みどりさんは、名前だけを知ってたって感じなんです
私がテレビで見たのは、やっぱり真央ちゃんからです
オリンピックでは金を取るもんだ!!としか思っていなかったんです
なのにまさかまさか…って感じでショックでした
男子は全然興味なく、大ちゃん!?
羽生くん!?
そんな私が、今や羽生くんの大ファン
ちょっとしたきっかけだったんですが、神様が、応援しなさい!!って言ってくれてたんだなあって思っています
今頃は酷しい練習をしている!?
できてるかなあ!?
きっと出来てる…そう信じ四大陸を楽しみにしたいと思っています

2017/01/15 (Sun) 08:59 | EDIT | REPLY |   

すまいる  

あいきょちゃん、皆さん、こんにちは。

今日の記事は凄いね、読み応えある。
サブりん、こんなに長文の翻訳ありがとう。
自分ではわかっていても適切な単語とか言い回しとか日本語にするのは難しかったんじゃない❓
おかげで日本のフィギュアの歴史がよくわかったよ。
この歴史にこれからも羽生君の名前が刻まれていくんだね。
先ずは四大陸とって、全タイトル制覇した初めての日本人としてね。

…………………………………………………

エールちゃん
昨日、私もレジェンドも見てたの。
エールちゃんが来てるのコメで知ったんだけど連絡のとりようがなくて💧
会いたかったー。

2017/01/15 (Sun) 12:57 | EDIT | REPLY |   

エール  

こんにちは〜^_^

わー、これは読み応えある(゚o゚;;
すごいね!!
サブちゃん、これだけの量を翻訳するの大変だったでしょ⁉︎💦
私は英語さっぱりなんで、本当に感謝です🙏

私がフィギュアに興味を持ったのはもちろん真央ちゃんがきっかけだけど、今ほど一生懸命だった訳じゃなく、どちらかというとフィギュアファンというより真央ちゃんファン…だったのかも;^_^A
こうやって教えてもらって、日本のフィギュアにも長い長い歴史があるんだな!…って、改めて感じさせられた。

結弦くんのファンになって、フィギュアスケートの事を少しずつだけど勉強するようになったけど、まだまだだな…って思ってる。
今の日本には世界のトップ選手として名を連ねてるスケーターが何人もいるけど、ここまでなるには色んな人の苦労や想いがあったんだよね。
今この時代に生きて、この目でフィギュアスケートの進化を見続けられてる事に、本当に感謝です。

フィギュアスケート自体が好きで、どの選手に対しても平等な気持ちでいるフィギュアファンにしてみれば、今の時代は楽しくて仕方ないんだろうな。
私は結弦くんの事をものすご〜〜〜〜〜〜〜く!!好きになっちゃったから、もちろん楽しいけど、同時にハラハラドキドキで心配性を発動しちゃう時も何度かある(笑)
でもやっぱり見ずにはいられない✨✨
これからも皆さんと一緒に応援させていただけたらなと思ってます。
よろしくお願いします😊



あいきょちゃん✳︎
お写真使ってくれてありがとう♡
なんかとってもナイスなタイミングだった?(^-^)

すまいるちゃん✳︎
私も会いたかった〜〜!

2017/01/15 (Sun) 16:07 | EDIT | REPLY |   

おかき  

あいきょちゃん、サブちゃん、こんばんは。
サブちゃん、長文の和訳どうもありがとう。

今の日本フィギュアの成功は、何年も前から脈々と受け継がれてきたからこそなんですね。
私がフィギュアを見るようになったのは、伊藤みどりさんが出てきた頃からですが、ライトファンだったので、羽生くんに堕ちるまでは昔のことは全然知らなかったです。

これから、羽生くんが日本フィギュア史にたくさん名前を刻んでくれるのが楽しみですね。

●エールちゃん
荒川さんのサイン当たったんだね!スゴイ!見せてくれてありがとう。

2017/01/15 (Sun) 18:38 | EDIT | REPLY |   

青  

ウェーイ(゚∀゚)きたよ~。

すっっごい翻訳能力だー!
サブリナちゃん、あなた、なんて賢いの。

↑サブちゃんサブちゃん、て呼びすぎて、本来「サブリナ」っていう麗しいHNだったことを忘れてたよごめん(笑)

私のフィギュア歴ってソチ後に羽生くんを認識した辺りからスタートだからさ、全然浅いの。
昔の選手で知ってるのって伊藤みどりさんだけだった(^^;)母親が好きで、一緒にテレビ観てた記憶はある。その時も山田コーチは毛皮着てたような。。笑 うろ覚え。

山田コーチの「ただ私の生徒にはスケートを楽しんでもらおうと考えた」
って言葉は意外だった。なんか、イメージと違った笑。好きだわ~♪
ブライアンもさ、選手を型にはめようとしないもんね。助言であって命令ではない。

ポゴちゃんのコーチ、二人を見習って…笑!
もっと笑って迎えて!

今年もそこは注目していこうと思います。。


☆エールちゃん
荒川静香さんのサインGETすごいじゃーん!
どやって当たったの?くじ引くの?

2017/01/15 (Sun) 21:30 | EDIT | REPLY |   

ステラータ  

こんばんはー( ´ ▽ ` )ノ

サブ〜♫
こんなにながーーい訳をありがとう!
おっ、読んでみようって思った記事も、開いた途端に英語だったらそ〜っと閉じてた私( ;∀;)
いや〜助かる助かるっ!
わかりやすく丁寧な言葉で書いてくれてほんとにありがとね💕

おかげで、知らなかった事たくさん知れたよー

今はリンクサイドで選手達を見守ってくれてるコーチ勢や、テレビでわかりやすく解説してくれてる方達が今のフィギュア界を支えて作ってきてくれたんだね✨
長い間の戦略と指導、その時代時代をを牽引してく選手、またその背中を追いかける若い選手、そうやって続いていくんだね。

この長い歴史の中で、今私たちは羽生結弦って選手に堕ちたわけだ❣️

あいきょんが途中にちょいちょい挟んでくれた大好きな最強UAについ顔がホェ〜♡(〃ω〃)ってなったわっ💕

ここの壁紙?なんていうの、これ?😅
ピンクで綺麗だね〜(*´∀`*)
可愛らしくて、恋する女子〜って感じ💕💕
座談会の方も行きたかったんだけど、私が思ってた事、もう皆んながそっくりまるっと言ってくれてるー♫
さすがだわ〜✨✨
なので、私の言葉足らずのコメは省略(笑)

あいきょ&サブ〜
新しいブログおめでとう✨
こらからもよろしく〜∩(´∀`)∩♪

2017/01/15 (Sun) 21:40 | EDIT | REPLY |   

ふた葉  

あいきょさん&サブリナさん ブログ開設おめでとう☆.。.:*
ピンク色の壁紙が春の陽だまりみたい。
スマホで見たら、そっちは清楚な感じでまたステキだったよ。

サブリナさん、こんな長文訳してくれてありがとう♪
これあとで読もうと思ってスマホに入れたまま読んでなかったやつ^^;
私フィギュアはオリンピックくらいしか見てなかったな~。
佐野さんって実はすごい人だったんだね!
荒川さんの金メダルとか、大ちゃんが男子の人気・実力を引き上げてくれたのとか、改めて感謝~。
野辺山合宿にも思いっきり恩恵受けてるよね。
いろんな方の努力や功績があって、私たちいま奇跡(←羽生くんのこと)を見られてるんだ、と思ったら感動した~。

更新、これからも楽しみにしてるね(*^^)v

2017/01/15 (Sun) 22:35 | EDIT | REPLY |   

花  

ブログ開設おめでとうございます‼️

あいきょさん、サブリナさん、これからも楽しみにしていますので、どうぞよろしくお願いいたします❣️

サブリナさん、長文の訳ありがとうございます。
私はジャネットリンの時代からフィギュアスケートを見ています。
今の日本のフィギュアスケートは、紹介された方々のたゆまぬ努力があったのですね。
まずはスケートを楽しむ事。
そして、楽しんでいる子らの芽を大切に育てて行くこと。これはフィギュアスケートに限らず、どの世界でも共通することですね。
これを早くから実践してきたフィギュアスケート界だからこそ、今の世界に通用する選手がいるんだなと、改めて感心させられました。
今を知ることも大事だけれど、昔を知ることも大事。
良い記事を読ませて頂きました。

また遊びに来ます‼️

2017/01/15 (Sun) 23:58 | EDIT | REPLY |   

サブリナ  

みなさん、コメントたくさんありがとう!!
訳しがいがあるよー!
いまね、個別にお返事書いていたんだけど、睡魔に勝てそうにないので、明日お返事させて下さい!!
みなさん、良い夢を〜♪

2017/01/16 (Mon) 00:13 | EDIT | REPLY |   

nyori  

あいきょん&サブりん、ブログOPENおめでとう~

二人の愛の結晶だね! ってあいきょんに言ったら軽くスルーされた・・けどそうじゃん?笑

して、しょっぱなから読んだ読んだ。
こんな日本語いっぱい読んだのひさしぶりだ。
すごく興味深かったよー サブりん、ありがとう!

フィギュアの進化、いろんな人の思いがあって、最強日本男子がいる!
それがまー美しいってんだからねえ。応援するっきゃないよね。

これからもよろしくねっ。

2017/01/16 (Mon) 09:21 | EDIT | REPLY |   

サブリナ  

ロンシャンさん♪
ありがとうございます😊
ロンシャンさんは、日本フィギュアの歴史を目撃してきたんですね。またいろいろ教えて下さい!

ぷりんちゃん♪
私も伊藤みどりさんしかわからず、渡部絵美さんがハーフだったとか、名付け一位とか、そんな事に反応しちゃいました。(笑)
ぷりんちゃんの、羽生君を応援するようなちょっとしたきっかけ、いつか聞かせてね〜♪

すまいりー♪
そうなの。私は英語は英語で理解しているから(←なんかカッケーな)日本語に直すのって実は大変。でも、やっぱりネイティヴじゃないから、訳した方が頭に入る。だから、訳すのって自分のためにもなるんだよ〜♪

エールちゃん♪
エールちゃんの、まだまだだなって思う謙虚さを私に分けて欲しい。ちょっとかじっただけで知った気になる私。
荒川さんのサインゲットすごいね!おめでとう!

おかきちゃん♪
おかきちゃんは伊藤みどりさんからのライトファンなんだね。みどりさんから見ていたら、荒川さんの金メダル、真央ちゃんや男子三強を経ての今の絶対王者羽生結弦はまさにクライマックス的だね。いや、終わっちゃ困るけど(^^;;

青ちゃん♪
ソチからなんとなく見てるってさ、私より全然深いから(笑)。わたし、2015年だよ、その時点でGPSとか、毎年世界選手権あるとか、ぶっちゃけスケートシーズンすらいつかわかってなかった。いや、まじで。(笑)
山田コーチの言葉で私も彼女のイメージが変わったよ。

ステー♪
私は、中でも羽生君の現監督の城田さんが野辺山合宿の創設に関わって、若手を育ててきたことに感動したよ。先人の努力が無ければ絶対王者羽生結弦は生まれなかったよね。

ふた葉さん♪
いらっしゃい!おかえり!
私もね、佐野さんってすごい人だったんだって思った( ´艸`)。うん、奇跡の裏にはたくさんの方々の歴史があって、奇跡の人はそれを一番わかってる、そこがまた彼の魅力だよねー。

花さん♪
当方、ジャネット・リンがすでにわからないドシロートです。(^^;;
まずは楽しむ事ってスケート以外でも大事な事ですよね。
温故知新ですね♪←久々に使いました。四文字熟語。意味あってるのでしょうか?(笑)
またコメントお待ちしています。

nyoriん♪
愛の結晶( ´艸`)
うん。日本のフィギュア界が頑張ってきた事が今大輪となって花咲いてるね。しかもとても美しい♡

2017/01/16 (Mon) 11:38 | EDIT | REPLY |   

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